ミャンマー産コーヒー「Zomi」が生まれた場所 ― 遠く隔てられた地で
2026/02/03産地からの情報
ミャンマー北西部・チン州
ミャンマー北西部の山岳地域、チン州。
日本の九州にほぼ匹敵する広さのこの土地には、約50万人が暮らしています。険しい山々に囲まれたこの地域では、人びとはおもに農業や狩猟によって生計を立てています。
また、チン州は、第二次世界大戦中には日本軍の激戦地となり「白骨街道」として日本でも知られています。現在も各地に、当時の塹壕や爆撃の痕跡が残されています。
ミャンマー全体では人口の約88%が仏教徒ですが、チン州ではイギリス植民地時代にキリスト教が広まり、住民の約85%がキリスト教徒です。50以上の部族が暮らし、険しい山々に隔てられながら、それぞれ独自の言語や文化を育んできました。
この度、期間限定で販売している「Zomi(ゾミ)」は、そんなチン州の山あいで育てられたコーヒーで、「Zo」という言葉には「山」「高地」という意味があります。その名のとおり、農地へ向かうには、険しい山道を何時間もかけて登り下りしなければなりません。雨期には土砂災害で道が寸断され、冬には雪で滑りやすくなることもあります。
この厳しい自然環境のなかで、人びとはコーヒーを育ててきました。

山の人びととコーヒー
チン州でのコーヒー栽培は、1948年、教会を通じてフランスからアラビカ種の種子がもたらされたことから始まりました。
その後、多くの農家がコーヒー生産に取り組みましたが、安定した販路があるわけではありませんでした。アクセスの悪いこの地域に、バイヤーが訪れるかどうかは運次第で、たとえ訪れたとしても、交渉力の弱い農家は買いたたかれてしまうことも少なくありませんでした。
タイへのアクセスが良いミャンマー東部のコーヒー産地とは異なり、チン州の農家は研修や品質改善プロジェクトに参加する機会にも恵まれてきませんでした。
一時は増えたコーヒー農家の数も次第に減少し、2020年代には、商業目的ではなく自家消費としてコーヒーを楽しむ、限られた村のみで生産が続けられる状況となっていました。農業を離れ、インフラ整備事業などで生計を立てる人も少なくありませんでした
それでも、人びとは山とともに生き、細々とコーヒー栽培を続けてきたのです。

クーデターが奪った日常と生計
民主化に向かっていると多くの人が信じていたミャンマーで、2021年2月1日、軍事クーデターが発生しました。かつては「最後のフロンティア」とも呼ばれたミャンマーは、いまや国軍に抵抗すれば捕まり、若者は徴兵され戦地に送られる——そんな現実に覆われています。
2026年1月現在、ヤンゴンなどの都市部では一見、以前と変わらない日常が続いているように見えます。しかし少数民族地域へ向かう道路にはいくつもの検問所が設けられ、国軍への抵抗が強い地域では空爆が続いています。国軍基地を中心とした地上戦も各地で発生し、住民は戦闘のたびに避難を余儀なくされています。 チン州では、キリスト教徒であることなどから反国軍感情が非常に強く、クーデター後、州内の公務員約2万人のうち、約1万5,000人が抗議の意思を示して辞職しました。2021年4月には、クーデター後初となる市民による武力抵抗が始まり、州内各地で地上戦や空爆が行われるようになりました。国営のインフラ整備事業の多くが停止し、人びとは再び生計手段を失いました。 治安の悪化により、バイヤーはチン州を訪れなくなりました。
もともと資源が乏しく「ミャンマーで最も貧しい州」とも呼ばれてきたチン州で、クーデターは、人びとの暮らしをさらに追い詰めています。

コーヒーを通じた連帯ー 一杯がつなぐ、遠い山との関係
こうした状況のなかで、パルシックはチン州の農家が生産したコーヒーの輸入・販売を始めました。
コーヒーを生産し続けることは、軍事クーデター後も数々の困難に直面しながら暮らす農家にとって、貴重な生計手段の一つとなっています。
チン州で生産されたコーヒーを皆さんと一緒に味わうことは、農家を支えるだけでなく、国軍に抗いながら生きるミャンマーの人びととの連帯の意思を示すことでもあります。
一杯のコーヒーに込められた背景とともに、期間限定コーヒー「Zomi」を、ぜひ味わってみてください。
【期間限定】ミャンマー産 山のコーヒー Zomi
内容量:100g入り(粉/豆のまま)
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